第8回
タイトル「障がい者のスポーツの報道のあり方」
3、継続は力なり
年が明けて2011年1月上旬、1本の電話が掛かってきました。お役所からです。
以前から広報を発行している課に、ライズの活動を取り上げて頂きたいと依頼してあったのですが、遂に掲載される機会が巡ってきました。電話があった日から2日後の夕方、担当者が1時間程見えて取材を受けました。
写真と記事の模様は、2月5日号の広報最終面(元気なひと・なかまコーナー)にA4版の半分に渡って掲載されました。4つ目の財産です。
この財産には大きな反響がありました。実は広報には視覚に障がいをおもちの方にも読めるように音訳版がございます。その、私の活動が掲載された広報の音訳テープを聴かれた某女性アスリート(視覚障害者)から感激のメールが届きました。そのメールをきっかけに、取材者と選手の関係でメールのやりとりをするようになりました。
やがて、そのアスリートがプレイしている競技スポーツ(サウンドテーブルテニス=視覚障害者の卓球)のチームが鈴鹿にあって、月2回練習しているという情報を頂きましたので、取材致しました。
会場では、数名の選手と10数名のボランティアが、これから練習を開始するところでした。私も皆様に温かく迎え入れられました。普段は「視覚障害者」でもラケットをもつとたちまちアスリートに変身です。アイマスクを付けて競技しますが、晴眼者がアイマスクなしでも勝てません。足元にも及びません。そのくらい皆向上心をもって競技スポーツとして取り組んでおられます。決してリハビリの延長線上やレクリェーションではありません。練習とは言え白熱した試合です。プレイ中は非常に凛々しく生き生きしています。私も体験してみますか?と声を掛けられましたが、私はスポーツが出来ない身体ですので、お断りさせて頂きました。競技が終わるとごく普通の人に戻ります。ただ、こういう競技が世間に殆ど認知されていないということと、パラリンピックの正式競技になっていないのが残念な点です。この競技は大変奥が深く、面白いスポーツです。どうしたら普及するだろうか?といつも考えています。
取材した様子は、ライズ第15号(2011年5月1日発行、紙媒体)に掲載しました。その後、私も行けるときは、県大会の取材に行っています。
広報の反響がこれ程大きいとは思いませんでした。広報は今も大切に持っています。
(続く)
(文=有竹利恭)